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北方行

By: 中島 敦
Narrated by: 斉藤 範子
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Publisher's summary

中島敦の現代長編小説。1903年初秋の北京を舞台にした未完の作品。

黒木三造という青年が、北京の叔母を頼り満州まで旅行をすることにした。三造が日本語を教えていた英国人・トムソンが偶然にも天津へ向かう予定があるとのことで、一緒の船で出発をする。一方、三造の叔母であり未亡人の白夫人は、関係を持っていた書生の折毛伝吉と、同じく伝吉と関係のあった娘について思いを巡らせていた。

―――――――――――
朝・黒木三造は渤海湾の潮風に吹かれて甲板の通風筒に靠れている。風は可成強く、波は時々甲板に打揚って彼の足許に飛沫をとばす。曇り日の海面は鉛色に涯しなく拡がり、朝の光の鈍い白さがその上を流れる。まだ夏ではありながら、何かしら冬に近い冷え冷えとしたものが感じられる。

旅の初めに誰でもが感じる漠とした不安と期待とに軽い興奮を覚えながら、三造はぼんやり果もなく打続いた波頭の群を眺めている中に、いつか、今航海している此の海がバルティック海か北海か、とにかく何か北欧の海ででもあるような錯覚に陥っていた。

昨夜暗いペンキ臭い船室の隅で読んだトニオ・クレエゲルが頭に残っていたせいであろうか……

―――――――――――
一切無駄のない、整えられた美しい文体が特徴の中島敦。彼の作品は、漢文調の格調高い端正な文体とユーモラスに語る独特の文体とが巧みに使い分けられています。
学生の頃に「山月記」を読まれた方も多いのではないでしょうか。人が虎になってしまうという伝奇的な物語が、重厚な文体に不思議なリアリティを伴って描かれている様は、今も沢山の読者を引き付けて離しません。

また、『弟子』『李陵』といった作品に描かれている人間観や世界観、そして格調高く美しい文章を、呻吟しながら書いたのではなく、渾々と湧き出るように書いたところに、彼の天才作家としての真骨頂があるではないでしょうか。
代表作以外にも隠れた傑作が数多く収録されています。通勤や移動の合間にも、文学史上に輝く綺羅星のような作品に触れられる当オーディオブックは、きっと感性にも豊かに響く、意義深い時間を届けてくれることでしょう。
©2022 PanRolling
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