Episodes

  • EP. 388『@文豪と食、其ノ四 - 生では食べない森鴎外』
    Mar 6 2025

    文豪の永井荷風は晩年食事は殆ど外食か店屋物だったそうです。そんな永井荷風が生涯最後に食したのは、自宅があった千葉県市川市の大黒屋というお店が出前で持ってきたカツ丼でした。そして永井荷風の先輩であり恩人であるもう1人の文豪、森鴎外は刺身も果物も饅頭も火を通さないと気が済まないという非常に変わった食癖の持ち主でしたが、何故、鴎外はそのような食べ方しかしなかったのでしょう?

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  • EP. 387『@文豪と食、其ノ三 - まだあけそめし インド種リンゴ』
    Mar 5 2025

    島崎藤村の『初恋』という詩では、初恋をした女の子が林檎に喩えられ、謳われています。この林檎、平安時代には既に日本にもたらされていたと言われていますが、この頃は京都の近郊などで育てられていたようです。今日、林檎といえば青森などが有名ですが、明治時代の初めに青森で育てられた林檎はインドから持って来られた訳でもないのに『インド種』と名付けられました。さて、それは何故なのでしょう?

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    9 mins
  • EP. 386『@文豪と食、其ノ二 - 喰えば喰うほど頭が冴える太宰治』
    Mar 4 2025

    近代日本文学で多くの傑作を残した太宰治ですが、個人的に彼の最高傑作だと思うのは『津軽』。これは太平洋戦争末期の昭和19年に自分も戦争に巻き込まれて死ぬかもしれないと悟った太宰が、死を意識して最後になるかもしれない故郷の津軽を回った際の事を綴ったもの。そこには江戸時代から近代に至るまで、定期的にこの地を襲い続けた飢饉についても触れられており、どうもこの飢饉の歴史が太宰の食に対する見方に大きな影を落としているようにも思えるのです・・・。

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    9 mins
  • EP. 385『@文豪と食、其ノ一 - 少食、ソラマメきらい、龍之介』
    Mar 3 2025

    日本文学の流れを変えるような新進気鋭の作家に与えられる文学賞の名前として今でも残っている芥川龍之介。そんな芥川は亡くなる2年ほど前に文芸倶楽部という雑誌のインタビューで自分が少食であるという事、そして好きな食べ物や嫌いな食べ物について語っています。どうにも嫌いなのはソラマメだったそうですが、芥川の好きな食事は何だったと思いますか?

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  • EP. 384『@茅場町周辺、其ノ四 - 江戸の味です、パリのれん』
    Feb 27 2025

    海苔の老舗、山本山。日本橋の本店に行きますと、板に「山本山」と彫られた看板がありますが、実はこの看板はあの芸術家、岡本太郎さんのお爺さんによるもの。看板というものは世界中にありますが、日本独特なのが「暖簾」。老舗では夏から秋に変わる際、暖簾も季節に合わせて変えたりするのです。茅場町の天ぷら屋「みかわ」さんもそんなお店でした。「天ぷらの神」とも称されるみかわさんの天ぷらに対するこだわりは驚きの一言です!

    ※本来水曜日に放送予定でしたが、月曜日番組が休止だったためポッドキャストのみで聞けるエピソードです!

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  • EP. 383『@茅場町周辺、其ノ三 - 日本地図、ここで作らる!』
    Feb 27 2025

    日本橋茅場町二丁目十二番地に行くと、「地図御用所跡」と書かれた案内板が建てられています。ここは初めて日本地図を作成した、あの伊能忠敬の住居、そして終焉の地。伊能忠敬は17年かけて日本全国を回って測量を行い、非常に正確な日本地図を作成するに至るわけですが、それだけ全国津々浦々回っていたら、さぞかし日本中の美味しいものを色々食しているのだろうと思いきや!意外と毎回、同じ物ばかり食べていたみたいです・・・。

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  • EP. 382『@茅場町周辺、其ノ二 - 火消し百組・縁起石』
    Feb 26 2025

    冬の東京は空気がとっても乾燥しています。それが原因でかつて江戸では火事が多発し「火事と喧嘩は江戸の花」なんて言葉まで生まれたほど。火事が起こると火消し達は纏と共に火消し櫓に登って火事を知らせる鐘を鳴らしましたが、その姿は江戸っ子達の憧れでもありました。茅場町と兜町は「百組」という名前の町火消しがいたそうです。

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  • EP. 381『@茅場町周辺、其ノ一 - やよい軒はここから始まった!』
    Feb 25 2025

    プレナスの本社は現在GINZA SIXにありますが、以前は日本橋茅場町にありました。プレナスの創業者である塩井民次郎氏がその前身である西洋料理店「彌生軒」を明治19年(1886年)に開店したのが、実は茅場町の兜町交差点だったのです。現在、その場所には「やよい軒」そして「お弁当ギャラリー」がございます。更にこの建物の屋上ではお米が育てられているのです。

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